出所した元受刑者が一番悩むことのひとつなんじゃないかな。

自分はこれがかなりひどく、今現在もかなり劣等感を抱いて生活している。

具体的どういうことかというと…、


「友人や周囲との仕事や収入の差」

…自分が刑務所に入っていた間には当然まわりの人たちにも時間は流れる。
一つの企業に勤めていればそれなりに昇進していたり、勉学に励み税理士や弁護士の資格を取得した友人もいる。「みんなあんなに立派に働いているのに俺は何してたんだろう…。」みたいな。すごく差がついてしまった現実を実感するし、給料の話は極力したくない。今の仕事も「働かせてもらっているだけでありがたい」と思わなきゃいけない、と頭では分かっているけどどうしても劣等感にさいなまれる。完全に筋違いとは分かっているんだけどね…。

「恋愛・結婚」

…出所してみれば周りはみんな結婚、そしてパパやママをふつうにやっている。
彼女は正直欲しいけど、「前科持ち」っていうことが頭がよぎりどうしても一歩踏み出せない。
「このまま一生終わるのかな?もし結婚できたとしても子どもにどう説明しよう?もし自分のことで子どもがいじめられたらどうしよう?」なんて、先のことの不安がどんどん膨らんでいく。

「親族の付き合い」

…正直腫物扱いはさけられない。まあ、面と向かって罵詈雑言を浴びせてくる人は中々いないとは思うけど。どこかギクシャクした空気が流れているのははっきり分かる。


他にも色々あるとは思うけど、今考えてパッと思いついたのが上の3つ。

 「これも含めて自分の犯した罪」

 「こんなこと考えて、卑屈になって、周りにかまって欲しいだけ」

 「自分以上に周りが気をつかってる」


 全部わかってる。頭では。そう、頭では。


 だけど、やっぱり心はそう簡単に切り替えられないし、無理矢理前だけを向いて突き進んでいくのにも限界がある。


だからってそのまま落ちていくのか?


いや、そうじゃない。


このドロドロした劣等感・孤独感は元受刑者だからこそ味わえることだし、今だからこそ強烈に感じれること。

 怒りや妬み、そして劣等感といった「負の感情」に関して、自分は

「方向性さえ間違えなければ、それは大きな武器になる。」

と思っている。

「方向性させ間違えなければ」っていうのが超重要

で、自分は今回この方向性を間違えて事件を起こしてしまった。

ただ、「負の感情」自体は大きなエネルギーをもっているし、それが動機でも全然いいと思う。

最初から高い志をもって清廉潔白に自分を律して生きていけるのはごく少数。ていうかほとんどいない。
きっかけの動機は不純でも、やっていくうちにそれが「自分の欲」から「みんなの夢」になっていく…、そんな感じなんじゃないかな。


 今日こんなことを書いたのは、自分がいくら強がっていても、劣等感を感じることはめちゃくちゃあるってことを伝えたかったからです。

 まあ、一言でいうとかまってちゃんなんです。

 綺麗事は大事。だけど、それだけじゃないのが人間。それをひっくるめて、認めて、ちょっと進んで、また下がって、それからまたちょっと進んで…。


 そういう風に恥をさらしながらも、劣等感を抱きながらも、それを力に変えて生きていきたい。

 これからもどんどん自分の中の「心の膿」、言い換えると「恥部」をさらけだしていきたいな、と思っております。
 

 それに少しでも共感してくださる方がいれば幸いです。


 それでは今日はこの辺で。イノシシでした。