色んな人が集まる刑務所。

 年も違えば価値観も違う。

 そしてもちろん、罪名も違う。


だけど、この罪名。受刑者の中では意外と格差があったりする。
いうなれば「罪名格差」

ざっくりいうと、
  1「殺人・傷害致死」
  2「強盗」
  3「傷害」
  4「覚醒剤・窃盗」
  5「性犯罪」
  (放火、交通関係は何か別枠のような)

 みたいな見えない序列(完全に独断と偏見)があって、自分から「俺、傷害致死だから。」みたいなことを自慢げに吹聴する輩もちらほら。この序列で具体的に何が変わるというわけじゃないけど、「あいつは俺よりワル度数が上、下」みたいな一つの指標になってるのは、他の受刑者と話していて感じた。

 そして、序列の一番下に位置し、犯罪を犯した同じ受刑者にすらすごく馬鹿(というか軽蔑)される種類の犯罪が「性犯罪」。

 新しく工場に入って来る受刑者が先輩受刑者からまず聞かれるのが、「罪名」と「懲役年数」。
 懲罰で他の工場から入ってきた新人にはこれにプラスで「前の工場」と「何の懲罰か」が加わる。
 自分も経験したけど、「え?そんなに聞いて何か意味ある?」っていうぐらい色んな人にあちこちで聞かれる。

 そして、1週間経つぐらいには「あいつは~(罪名)で入ってきて、~年が満期らしい」ていう情報が工場中に広がっているわけで…。

 ともかく、そんな状況の中なぜか性犯に対するみんなの扱いはひどい…。
 ほとんどの人はあからさまに態度には出したりはせずに陰口を叩くぐらいだけど、「ピンク」と分かった瞬間から「あいつもう無理。」みたいな感じで露骨嫌がらせをしだす人間もいる。

 これ、一回刑務所入った人なら分かると思うけど、間違いなく「性犯」(刑務所内では”ピンク”と呼ぶ)は他の受刑者から差別される。さっきの序列でいうと4と5の間にはかなりの開きがある。ピンクの人はそれを知っているから自分から罪名の話をしない人がほとんどだった。



正直、「目くそ鼻くそを笑う」の世界。



 いやいや、どうでもいいじゃん。結局おんなじ犯罪者やん。って話。


 じゃあ、なんでそもそも性犯が特に扱いがひどいのか。

 彼女や奥さん、娘のいる人達も結構いるので、そういう感情が無意識に働くっていうのうのは分からんこともない。あと、以外に感じるかも知れないけど、自分が出会ってきた性犯の人はおとなしくて腰の低い人が多かった。(強姦十数件で「出てもすぐやる」とかいってるぶっとんだ人は除くにしても)いわゆる「草食系」ってやつかな。これも嫌がらせを加速させる要因の一つかもしれない。


だけど、根本の問題はそうじゃないと思う。この根本は自分が思うに、



「自分より劣っている(と感じる)人間を見つけて優越感を感じたい。」というエゴ。



それだけなんじゃないかな。

 自分が犯罪者となり社会的に「ダメ人間」のレッテルを貼られているのを薄々自覚をしているが、それは認めたくない。だから他人の陰口ばかり叩いたり、揚げ足ばかりとり「自分が優れている」っていうことを過剰にアピールしたがる。
 言い換えると、「自分に自信の無い人間程、他人の欠点を指摘していい気になっている。」ということ。これは受刑中、本当にいたるところで実感してきた。「何でこの人こんなに人のあら捜しばっかりするんだろう?」って感じる人ほど、自分が批判されたときには顔を真っ赤にして猛反撃してくる。自分に自信がある人は、「自分は自分。他人は他人。」っていう態度の人が多かったし、あんまり他人の悪口を言わない。

 そういう自分に自身の無い人の攻撃対象となりやすいのが草食系の多い「性犯罪者」っていうだけ。


 これって、実社会でもおんなじこと。

 だから、罪名格差っていうのは、結局刑務所の中だけの特殊なことじゃなくて実社会の刑務所バージョンなんだと思う。


 「人間の幸せは相対評価で決まる」という話はよく聞くし、実際自分もそうだと思う。

 「周りと比べての自分のポジション」が幸福感・満足感を大きく左右する。

 例えば年収が1000万以上あったとしても、周りの友人・知人の年収が3000万以上ばかりだったら、その人は金銭面においてはあまり幸福感・満足感を感じていないと思うし。
逆に年収が200万でも、周囲がそれ以下ばかりであれば、「まあ悪くないか」っていう気分になると思う。


 結局それって、他人の評価に振り回される人生。

 もちろん、社会で生活していく以上他人の評価からは逃げられないし、世の中は間違いなく相対評価で成り立っている。

 だから、「振り回されてるっていう自覚をもって生きていく」ことが大事だと思う。

 こう振り返ってみると、

 刑務所の中だけの特殊と捉えていた状況は、実社会の問題が形を変えて現れているだけのことがほとんど

 なんですよね。

 また一つ学ばせてもらいました。



 そして今日の記事を書きながら強く思ったのは、

「他人のあら探しばかりして、気持ちよくなるようなショッボイ人間にだけはなりたくない。」

ってこと。



なりがちです。正直。かなり。




 だからこそ!それを自覚をして自制し、「ショッボイ自分」に喝を入れていきたいと思います。

 受刑生活の罪名格差の経験を振り返り、今後の自らの態度を引き締めていかなくてはいけないな、と感じた1日でした。

 支離滅裂な文章を最後までお読み頂きありがとうございます。イノシシでした。