【獄中イノシシ日記②】


逮捕されて取り調べが終われば(もしくはしつつ)裁判開始。

警察(留置場)での取り調べが終われば、基本は「刑務所の裁判待ちの人が集まる場所」=「未決区」(拘置場)に移動となります。

今回はそんな「懲役」ではないけど、「裁判待ちの未決囚」として初めて経験した「刑務所」という場所で当時感じたことや警察との違いのを振り返ってみます。


当時(季節は冬)の日記からいくつか抜粋(※方言はそのままにしてます!)


(中略)
拘置場に入ってきた日、ケ〇の穴まで検査を受けたのには「刑務所に来たがやな~」と感じた。点検の号令も含めて。定位置や決まりも警察に比べ細かい。担当と話すこともないし、余計なことも一切喋ってはいけない。風呂も15分。

身体検査で羞恥心をかなぐり捨てました。僕の「ノルウェイの森」を「これでもかっ!」ってぐらい刑務官にさらけ出しましたから(`・ω・´)やってみると「ん?意外とふつう…」てな感じ☆

朝・夕2回の「点検」にも最初とまどった。刑務官が部屋毎に人員確認の点呼をとっていくこのシステム。刑務官は「点検用~意!」「〇〇室、番号!」と言っているんだけど、自分には「ケヨォーーーッ!!」「シッ、ボウッ!!」にしか聞こえず、慣れるまでは「えっ、何々??!」(((( ;゚д゚)))って感じでした。

「座る位置」とか「座る向き」さらには「寝そべっていい時間帯」とかも細かく決まってたな~。それまで留置場で「一日中好きなときに寝て起きる」という生活をしていた(起床とか消灯の時間は決まってますよ。)自分の生活リズムが整えられるのを実感。

留置場では「部屋をまたいで他の逮捕者や警察の留置担当官とダベッていた」のがそれもできなくなりました。人との会話が極端に減ったのでちょっと寂しくもあり…。(ノд・。) グスン



(中略)
反面、よい所も多々あった。まず食事。給食みたいで、汁物も飲めるし量もあるし、たまにデザートもあるし。自弁では久しぶりにカップ麺も食べれた。自弁と言えば高新(地元新聞)も読めるし、ペンも3色OK。下敷きも。缶詰も食べた。居室にトイレもあるし、床もタタミだからあんまりケツも痛くない。机もあるからモノを書いたり本を読んだりするのにも楽。なんといってもラジオは流れるのが気持ちの面で大きかった。おかげで「すもう」に詳しくなった。音楽の人の感情に与える影響はスゴイな~と感じたし、時間が経つのも早く思う。暮らしはやっぱり未決の方がトータルで考えてもいいと思う。

そうなんです。まず「食事」が留置場と全然違う!感動もの。「味噌汁」をすすったり、「カップ麺」を食べると「あぁ、なんて僕は恵まれているんだろうか…」なんて思ってました!!

留置場と比べて「生活する場」としての機能が強い刑務所。なので移送されたときには劇的に生活が改善されたのを実感!!特にモノを書いたり本を読んだりすることの多かった自分としては「そうそう!こんな小机欲しかったの!」てな感じ。

あとは「ラジオ」。これは本当にデカかった。土曜日昼の「カウントダウンJP」で最新のJ-POPを聞いて時代をキャッチ!そして日曜の夜には「有吉弘之のサンデーナイトドリーマー」で切れ味鋭い毒舌にニヤニヤ。このとき聞いていた曲を今聞くと、当時の思い出がよみがえってきます。あと、毎日「すもう」のゴリ押しも!「現在の相撲界では白鳳最強」っていうのも、白鳳がモンゴルの人っていうのもそこで初めて知りました。Σ(・ω・ノ)ノ




かゆい。カユい。痒い。足の指先がとにかくかゆい。担当さんによると、霜焼け、ひょっとしたら水虫かもしれないとのこと。水虫って、いつ感染したがやろうか?もしそうならかなりショック。とにかく、温めるとかゆい、が、温めてはいけない…し、かゆくてもかいてはいけない、が、かゆい。

「冬は霜焼け 夏は汚物」。これ、刑務所の常。人生初の霜焼けは「水虫か?」という恐怖とともにやってきました…。夏は毎日風呂に入れて洗濯もできる。冬もゆっくり湯に浸かれる。これって、当たり前のことですけど本当にありがたいことなんですね…。結局僕の場合、霜焼けは刑務所生活が終わるまでは毎年付き合うことに。今後お付き合いする予定は一切ありません!



こうして当時を振り返ってみると、「今の環境のありがたさ」を痛感…。


「当たり前は当たり前じゃない」ですね。

一方でその状況に完全に適応していったことを考えると、「人間の持つ慣れのすごさと恐ろしさ」を感じずにはいいられなかったり…。


明日は「未決」から「懲役」になっときの違いや当時の心境なんかを振り返ってみようかと☆


それでは今日はこの辺で。イノシシでした!!