暴論です。


「犯罪」が起きるということは、そこに「被害者」と「加害者」が生まれるということ。

そして、「加害者が被害者に許してもらう」っていう結末は、1つの理想のカタチ。

何だかんだ言っても、直接の被害をこうむった人(=被害者もしくは被害者遺族)がどう捉え、どう考えるか。それが一番大事なこと。


例えば…

万引きをした小学生が、店の店主にお金を弁償して、謝り、許してもらう。とか。

被害者(店主)からすれば、「自分に非は無いのに犯罪(万引き)に巻き込まれたために無駄な時間とエネルギーを費やした。」これだけでかなりのマイナスです。

でも、最終的にその小学生(加害者)に対して「許してあげよう」となれば、それはそれで1つの解決のような気がする。


何となく伝わりましたか?

ここまでの流れに対しては「まあ、100%は同意でなきないけど、何となくは分かるよ。」って方が大多数じゃないでしょうか?


で、こっからが本題。

「加害者を許すのは、被害者じゃないのかもしれない」

という話。


僕はこのブログで

「元受刑者でもやり直せる!」とか、「こんなことをしていきたい!」とか、好き勝手書き殴ってます。

嬉しいことに、その発信に対して「いいんじゃないの」って感じで応援してくださる方もいるわけで…。

本当に感謝。

ただ、僕はそうやって発信すればするほど元加害者としてある疑問にブツかるんです。

それは、

「被害者は本当に加害者を許せるんだろうか?」

という単純かつ、大事な疑問。


僕が発信している内容は良くも悪くも「元受刑者(加害者)の視点」からしか書くことができません。

自分自身の「加害者視点」や、コメントなどで頂く「第三者の視点」や意見はあっても、「被害者の視点」がスッポリ抜け落ちてるんです。

応援して下さる方々や、僕の周囲の人達にしても「犯罪の被害者」は見当たらない…。(小さなことであれば、探せばありそうですけどね。)

正直これは僕が起こした事件の性質上、当事者意識を抱きにくい部分でもあります。

(参考記事:私の犯した事件について、「今の時点」でお伝えできる内容です。

でも、「自分と同じ境遇の元受刑者の人たちが少しでも前向きになってくれたら」という想いもこのブログをしている理由の一つにある自分。

「実際に直接的な被害者がいる人たちはどう考えてるんだろう?どう向き合っているんだろう?」

それを全く考えないってのもおかしな話。

だからこの記事を書きました。


しかし、こればっかりは「もし自分が何かの事件の被害者になったら?」と想像して書くしかありません。

「もし、自分が通りすがりの人間にいきなり殴られたら?」

「もし、自分の両親がひき逃げにあって、殺されたら?」

「もし、自分に娘が生まれて、その子がレイプされたら?」

と。

そして、「それらを許せることができるのか?」

と。

繰り返しなりますが、これは実際被害者になってみないと分からない。また、事件の内容や背景により心境は変化すると思います。

なので、あくまで「想像」で、「こちら側には非が無い凶悪犯罪」と仮定した場合、

僕は加害者のことを許せないと思います。

だって、そうじゃないですか?

通り魔に殺された被害者の遺族なんて、どうやったら加害者を許せるんでしょうか?

そんな状況に陥った人に、

「罪を憎んで人を憎まず」

「人を憎んだり恨んだりすることは自分自身を苦しまている」

「そんなことをしてあの人たち(被害にあった大切な人達)が返ってくるわけではない」

なんていう月並みのお題目を並べても、意味が無い。

少なくとも僕はそう思うんです。

極端な話、

「被害者と加害者が完全に和解できるケースはほぼ無い」

ってことです。(そういうケースもあるとは思いますよ)

なのに、

被害者に許してもらうための贖罪って、被害者と加害者。どちら側も報われる気がしないんです。

もちろん被害者からすれば「事件のことを悔い、苦しんでいる加害者」の姿があれば少しは救われるかもしれません。

でも、加害者が事件のことを悔やまずに苦しんでいなかったら?

被害者はさらなる怒りを覚えることは間違いないでしょう…。


一方加害者からすると、

被害者に許してもらうこうと努力し、許してもらえればそれはそれで良いと思います。冒頭で書いた小学生の万引きのような話。

でもそれが、万引きじゃなくて殺人だったら?

いくら被害者に許しを乞うても、結局許してもらえる可能性は非常に低い…。そして、罪悪感に苛まれる日々、もしくは逆に開き直る日々が訪れるかもしれません。


じゃあ、

「加害者を許すのは、被害者じゃなくてもいいんじゃないか?」

と僕は思いました。


加害者が犯した罪をその直接の被害者に対して償うのではなく、別の場所で社会に対して償っていく、という考え。

例えば、事件を通して学んだことを他の元加害者に共有し、再犯防止の活動に取り組む。

例えば、何かのボランティアに参加し、他の誰かの役に立つ。

例えば、仕事の給料の何分の一かを被害者支援の基金に寄付する。

等々。


被害者に対して直接償うといことは大前提。

そして、それでお互いは和解できるのであれば、それに越したことはない。

しかし、それで報われず自暴自棄になり再犯を犯すぐらいなら、何か他の償い方があるんじゃないか?

被害者以外の人間が、「その人の社会復帰を認める、促す、支える」そういうコミュニティがあってもいいじゃないか?


一昨日記事にした「ライファーズ」なんか正にそうですよね。

彼らは罪名やそれまでの経歴だけ見ると、凶悪犯罪者です。

だけど、それをただ放っておいてもまたそういった加害者を生み出してしまう。

じゃあ彼らが活きる道は無いのか?もっと社会のためにできることは無いのか?他の人のためにできることがあるんじゃないか?

それを考えることが大事。


今日の記事はほとんどの方には受け入れがたい内容だと思います。

最後の結論部分に関しては「被害者の視点」や、そうすることによる「被害者側のメリット」が全く書けていません、というか書けませんでした。


ただ、こんな考えもあっていいんじゃないか?

そして、それを発信するのも自分の役目じゃないのか?

そう思って書き上げました。


何かご意見ありましたらコメント欄にどうぞ!できる限り返信はさせて頂きますので!


それでは今日はこの辺で。イノシシでした!