智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。

(草枕:夏目漱石)


一昨日、こんな記事を書きました。

「義理フォロー」「義理リツイート」はもう辞めます。ツイッターをもっとシンプルに使うことに決めた理由。


書いているときから予想していたことですが、多くの反響を頂いた一方でリツイートをたどってみると賛否両論ありました。

今回の場合は肯定意見が9割以上(あくまで意見をしてもらった中での話)なんですが、これから批判や反対意見っていうのは少なからず出てくると思います。

増えることはあっても、減ることはないでしょう。

何かを発信すれば、反応があるのは当然。

その中には賛成、反対、中立、様々なものがある。


今思いつく範囲でいえば、以下の4タイプ。


①説明しなくても、理解し共感してくれるタイプ。

「説明不要」の人たち。こちらの書きたいように書いても、そのまま伝わるタイプ。


②説明すれば、理解し共感してくれるタイプ。

「話せば分かる」の人たち。これらのケースはこちらが言葉足らずであるケースが多く、すれ違いで誤解が生じてしまったような状況が当てはまります。


③説明すれば、共感はしなくても理解はしてくれるタイプ

「共感はできなくても、理解はできるよ」の人たち。歩み寄れば「理解」は示してくれます。説明さえすれば「なるほど、君のスタンス(論理)は分かった」みたいな人達です。


④説明したところで、理解も共感もしてくれないタイプ

「バカの壁」の人たち。話しても、そもそもの前提や価値観が違うから全く理解し合えないし、歩み寄れない。有名人にしつこく粘着しているネット住民や、極端な例でいうと「ISIL」みたいなことです。



①に関してはそもそも理解してもらうための努力自体が不要だし、④は論外。

②と③には理解してもらうための努力は必要でしょう。

僕自身、自分と異なる意見の人に対しては基本的に③の「理解はできるけど共感はできない。」のスタンス。

色んな意見が飛び交う世の中で、自分の意見を通したいなら、それは必要なこと。

自分がその場で弱い立場や少数派であるなら尚更。


僕自身、このブログでは極力「自分とは反対意見の人たちのこと」を想像しながら書いてきました。


「こういう意見をいえばこういう意見が返ってくる可能性がある」

「この言葉の言い回しはもっと気をつけた方がいい」

「どうすれば多くの人に伝わるのか」


等々…。


でも、

僕はもう「多くの人たちに分かってもらおうとする努力」は辞めることにしました。

理由は、

「自分の文章が濁るから」

こちらを立てれば、あちらが立たず…。だから結局言いたいことの半分も書けない…。

上記の②と③の人たちに説明しようとすればするほど、①の人たちの心には刺さらなくなる…。

そんな中途半端な気持ちで書かれた文章、ここでいう「濁った文章」って、

「結局誰の心にも残らない」

と思ったからです。


大多数に届くように書けば書こうとするほど、本当に伝えたい人たちに伝わらない。

そんな状況は本末転倒。

ネットという開かれた場で書いてることの価値が無くなるし、それは僕がやらなくてもいいこと。

まとめ記事や紹介記事に関してはまた別ですが、自分の考えや主張を書いた記事に関してはそう思います。


だから、上記の②と③のタイプの人たちに対しての説明もこれからは極力省くようにします。

②と③の人に寄せるよりも、①の人へしっかり届くものを。

それこそが、長い目でみれば多くの人の理解してもらうための最善の選択肢ではないかと。


1万人の心の上をふわっと流れていく文章

じゃなくて、

たった1人の心を突き刺しエグる文章

を目指して。


「ふんふん。へぇ~。」

じゃなくて、

「目に見えて行動が変わった。」

と言ってもらえるような、そんな文章。


これからは、書きたいことを、書きたいカタチで、書いていきます。


分かり合えない人に使う時間はありません。


それでは、今日はこの辺で!イノシシでした☆