2015 10 01 17 29 13

(手足が短いってよく言われます。)

出発点が、違うよね。


最近クラウドソーシングを利用して「ライター」としてシコシコと記事を書いてます。で、本当にまだ鼻クソの子どもぐらいの仕事しかしてない、そんな「ハナクソチルドレン」、通称「ハナチル」の僕でも何かこう気づくところがあるわけです。


自分ありきの「ブロガー」顧客ありきの「ライター」


これにね。

この「けもの道をいこう」というブログを始めて今月の20日で早1年が経とうとしています。で、その中で少なからず「自分は文章を書くのが好きだ。」ってことを発見してきたんです。「あっ、俺けっこう向いてる気がする。」ってね。


ただ、それは「ブロガーとして」の話だったんです。


だって「ライターとして」記事を書いてみると「自分の実力の無さに絶望して吐き気がするレベル」なんですよ。ちょっとビックリしました。うん。

「何でかな?」って考えてみると、ブロガーとライターって「文章を書く」という行為は共通しているけど「そもそもの出発点」がまったく違うんです。


自分か、顧客か、で。


もちろんブログを書いてるときも読者のことは想像します。

「こんな風に書いたらこんな人が読んでくれそうだな〜」
「こういう反論をしてくる人がいそうだな〜」
「あの人がこの記事を読んでくれたらどんな感想を持つだろうな〜」

とか、とか。


ただ、出発点は「自分」。僕のブログの場合は。


「自分が書きたいことがある。」
「自分が投げかけたいことがある。」
「自分がやりたいことのために発信する。」

いうなれば「自営農家」。

生産から販売まで一括の。趣味でやってる人は家庭菜園みたいな感じですかね。

印象としては「変人」「奇人」「前に出る」そんなタイプの人が多い。ブログの内容にもよりますが「いかに自分を売り込むか」が勝負な気がします。個性的な文体に溢れる世界、それがブログ界。(ってことは「ガジェット系ブロガー」は「限りなくライターに近いブロガー」といえるかもしれません。)


一方、ライターの出発点は「顧客」。


「顧客の扱っている商品を紹介する。」
「顧客のサービスを紹介する。」
「顧客の望んでいる(あるいは予想を裏切る)見解や考察を示す。」

そう、ライターとは「コンテンツのシェフであり調味料」。

素材の良さを最大限に引きだす仕事。記事にするコンテンツ(料理する食材)はあらかじめ決まっている。だからライターはブロガーよりも圧倒的に「仕事」として記事を書くことが多い。

だからかは分かりませんが「職人」「黒子」「縁の下の力持ち」そんな印象を文体からも受けます。「自分を殺して顧客の良さを最大限に引き出せる人」が優秀なライター!のような、そんな感覚。

「趣味でブログやってます!」はよく聞くけど「趣味でライターやってます!」はあんま、というか今まで聞いたことないですしね。

だからその点「自分を出しつつも、相手の商品の良さを最大限に引き出しつつ、笑いもありの面白い三方よしの記事」を書けるヨッピーさんは本当にすんごいと思います。レベルが頭8つぐらい抜けてますね。ブロガー、ライター関係なく断トツ。うん。


そんなこんなで、どうやら僕は「ブロガー」としての文章を書くことには向いていたのかもしれないけど、「ライター」として文章を書くことに対しては恐ろしく実力がないことが判明しました。


ただ、だからといって「ライター業は無駄か?」と言われればそうじゃない気がします。


自分がまったく知らなかった分野にも半ば強制的に触れることによって新たな発見があるし、お金をいただいてる以上は数字に根拠とソースを載せなきゃいけないから「客観性のある」文章のレベルは間違いなく上がりますから。

さらにいえば「納期(締め切り)」と「報酬」の存在は自分を良い意味で追い込んでくれます。ブログだったらやる気はないときにはぶっちゃけ「さぼった所で何もない」わけですけど、それが仕事になればそんな私情は一切理由になりません。「対価を支払ってくれる相手(=顧客)」がそこには存在しているわけですから。

なので

「書くことの基礎体力をつける」
「書けること(できる仕事)の幅を広げる」
「自分にプレッシャーをかけることでレベルアップをはかる」

何かの意味でライター業を活用するのはブロガーやってても全然ありだと思います。


目指せ!「自分で創って、自分で売れる。しかも美味い!」な自営シェフ。


プリウス、ハイブリッド。
イノシシ、ハイブリッド。

まだまだ燃費は悪いけど。ヒヅメを踏みしめ、けもの道をいこう。