今現在、駆け込み餃子で働いている元受刑者は2人。今回の取材では、そのうちの一人である尾田さん(仮名)に、出所後に困ったことや今後の意気込みなどをインタビューをさせて頂いた。

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執行猶予中に事件を起こし、刑務所へ

ーーーー事件、そして刑務所へ入るまでの大まかな経緯を教えていただけますか。

自分は地方から上京してきて、東京では組に入ってました。最初はシャブを売る側だったんですけど、途中から自分でも使いはじめるようになって…。

1回目は、池袋でキャッチに手を出して逮捕されたんですけど、執行猶予がつきました。ただ、たぶんそこから内偵(警察からの監視)が入ってたんだと思います。

組とも疎遠になって、自分一人でシャブやってたんですよ。で、ある日、外を歩いていたら職務質問を受けて逮捕され、刑務所に入ることになりました。自分が確実に(シャブを)持ってるときを狙ってた感じでしたね。

「内偵」とは、一般的に聞き慣れない言葉ですが、逮捕や服役を経験した人間であれば、ほとんどが知っていることでしょう。これは、警察が逮捕前の証拠固めや、容疑者の行動把握のために監視する行為で、僕達も受けていました。僕自身は鈍いので気づいていませんでしたが、共犯達は気づいていたようです。

また、「覚醒剤を売る側は往々にして使う側に回る」という話もよく聞きます。やはり、その流れは止められないようです。当たり前のことですが、そういったモノには一切関わらないのが最善策といえます。


刑務所では認められなかった「暴力団脱退」の申請

ーーーー刑務所に入ってからはどのような流れを辿られたんでしょうか。

そのあとは、年が23だったので分類センターに行って、一旦少年刑務所(25歳以下が収容される)に収監されました。だけど、元暴力団は基本的にNGな施設だったので、また別のところに移送され、そこで4年近くつとめましたね。

ーーーーー他にも何か困ったことはありましたか。

暴力団離脱の手続きですね。刑務所にいる間、2回申請したんですが、2回ともはねられました。当時、自分は「職権消除」という状態になっていたらしく、簡単に言ったら「住所不定」でした。そのため「偽装離脱の疑いがある」ということで、ダメだったみたいです。

刑務所は、初犯か累犯かどうか、さらには刑期の長短などが考慮され移送される場所が変わってきます。しかし、例え初犯であっても暴力団員は累犯刑務所に送られることが多いようです。僕自身、実際にそういう人に会ったことがあります。

また、暴力団の退会手続きは住所や引受人の有無で審査のハードルが大きく変わってくるようです。以前福岡で取材させて頂いた中川さんも元暴力団員でしたが、刑務所の中ですんなり退会できたと言われていました。

「職権消除」という言葉は初めて聞きましたが、調べてみると、連絡も無く一定期間その場所に住んでいないことが判明した場合、住所が取り消される法律のようです。いきなりの逮捕では、防ぎようがないのかもしれません。普通は弁護士が気を回して聞いてくれそうなものですが…。


出所してからも付き纏う「元暴力団員」というレッテル

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ーーーー出所してから、どのような流れでこのお店で働くようになったんでしょうか。

まず、住所を取得するのにすごく苦労しました…。さっき言ったように、自分はそのときまだ書類上は「暴力団員」だったんです。だから、職権消除を取り消そうと思って部屋を借りようとするんですけど、今の法律って暴力団員は部屋を借りれないんです。もう、それだけで逮捕されてしまうんです。

脱退するには住所が必要なのに、住所を取得しようすると断られる…。暴力団員に対して、それが例え「元」だったとしても、今の制度はかなり厳しいと思いましたね…。

出所してからの帰住先も、東京の更生保護施設・保護会には、断られました。ハローワークでも元暴力団員という経歴のせいで、面接すら受けてもらえない協力雇用主企業もいましたし。

出所時には40万円あったお金も底を尽き「いよいよ生活保護を受けるしかないのか…」となっていた所に、「ここに行って無理だったら生活保護を受けろ」と言われ紹介してもらったのが、この「新宿駆け込み餃子」でした。そこで、ようやく部屋を貸してもらえ、住所が取得できたんです。そこから警察に行って組に問い合わせてもらい、警視庁本部の決済がおりる流れになって、結局脱退には数ヶ月かかっちゃいましたね…。

一度組に入ってしまうと、その代償は想像以上に大きいようです。

そもそも世界的に見ると、日本は「暴力団の存在を認めている」というかなり珍しい国です。しかし、組を抜けようとしても、しがらみがキツかったり、いざ抜けても偽装離脱の疑いをかけられては、もはや打つ手がありません。暴力団を排除することに異議はありませんが、やり直そうとするチャンスすら奪ってしまっては、結果的に勢力を拡大させてしまうだけではないのでしょうか。

さらに、出所者を支援する保護会も、暴力団員には厳しいのが常です。当たり前といえば当たり前ですが…。こうした結果、仕事にもつけず生活保護を受給するようになるケースは多いような予感がします。


刑務所の「癖」が抜けなかった出所当時

ーーーー今はこうして居酒屋で接客業をしていますが、出所後、何か対人関係で困ったことはありましたか。

自分は刑務所の中で懲罰ばかり行っていたので、ほとんど独居(1人部屋)で暮らしていました。だから、人と話すことに困りましたね。というか、話し方が分からなかったです。

最初は何をするにも怖いことばかりでした。「すみません」が口癖になってて…。刑務所の癖が抜けず、何をするにも許可をとっていたように思います。

やっと今「自分で考えて動く」という生活になってきました。そういう風にやらしてもらえる環境がありますから。たぶん、就職先がここじゃなかったら、こんなに娑婆慣れしてないと思います。

刑務所の中では、全てが指示待ちです。指示以外で行動すれば、指示違反と見なされ懲罰に行かされてしまいます。

僕自身、出所した直後は、席を立つことすら無意識に誰かの許可を取ろうとしたり、立ったままで話すことに抵抗を覚えたりする場面がありました。それらは刑務所で勝手にすると懲罰になる行動だからです。

また、コミュニケーションの話も同感です。以前に一度記事にしましたが、元受刑者は怯えている人の方が多いと感じます。これからも、この理解を世間に広めていきたいと感じました。

(参考記事)元受刑者は「怯えて」います。~初対面は「賭けの連続」~


世間は厳しい。だけど、そういう人たちだけではない

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ーーーー最後に、今まさに出所してから同じ悩みを抱えているであろう元受刑者の方たちに、何かメッセージはありますか。

世間は厳しい、です。けど、厳しい人だけじゃない。どこかに手を差し伸べてくれる人もいると思います。辛抱強く、頑張って欲しいと思います。

たしかに、世間は厳しい。それは間違いない事実であり、多くの場合は自業自得。ただ、だからといって、卑屈になって塞ぎ込めば余計深みにハマっていくだけ。

どこかにいるはずです。理解してくれる人が。

僕自身、そうでした。このブログだって、最初の理解者であるイケダさんがいたからこそ始められました。やっていくうちに批判や中傷もありましたが、それより遥かに多くの温かい声や、もっと知りたいという人が現れました。どんどん道が開けていきました。

もし、今どこかで悶々と悩んでいる元受刑者の人がいれば、その人にとって役に立つ、心に響く、そんな記事を書いていきたいと思います。

尾田さん、ありがとうございました。また、食べに行きます!


「新宿駆け込み餃子」取材。最後の4本目となる明日は、この事業の発案者であり、公益社団法人日本駆け込み寺の代表理事でもある玄秀盛さんにお話を伺います。